選ばれる人になるには

今日は、
みなさんへのお話。

未来に対する、
ひとつの考え方のお話。

スマホとかパソコンとか。
マンガとか動画とか。

世の中に、
いろいろあります。

世の中に、
たくさんあります。

いろいろありすぎて、
選ぶの、迷います。

たくさんありすぎて、
選ぶの、悩みます。

“これがいいかも”

だって
メリットありそうだし。

“あれがいいかも”

きっと
メリットありそうだし。

今って、
そんな感じで
モノ・コトを選んでるかも。

メリットがありそうかどうか。

得しそうかどうか。

それが良いですよね。
そうなりますよ、普通。

ホント、
自分が受け取る側で考えれば
そうなります。

より安い方。

より有名な方。

より分かりやすい方。

なんか
そんな感じで
選んじゃう気がします。

“誰が”、じゃなく、

“何が”、という感じで。

ますます
加速するように思います。

だって
AIも技術も
進んでいってますから。

だけど、
自分が与える側だと
どうなりますかね。

より安い方。
より有名な方。
より分かりやすい方。

きっと
そんな感じで
選ばれちゃうんでしょうか。

“誰が”、じゃなく、
“何が”、という感じで。

ますます
加速するように思います。

だって
自分でなくても
いいんですから。

ちょっと先の未来を想像すると、
そんな感じなんだと思います。

自分でなくても良くて、
何がいいかで決まる。

AIとかITが進んでいくと、
そんな感じなんだと思います。

自分でなくても良くて、
論理的に“ありか”で決まる。

それって、
ともすると抗えないのかもしれません。

正しい答えを導き出すのは、
人じゃないのかもしれません。

人が出す答えは、
人じゃない何かが出す答えに
及ばないのかもしれません。

ただ、
それが必然でも、
それが当たり前でも、
そのまま受け入れていいのかな、
とも思います。

論理的にも正しい、
エビデンスもあって正しい。

アタマでは理解できるけど、
なんだかモヤモヤする。

どうせなら、
理解もできるけど、
納得もしたい。

結局ところ、
人って、
人に期待する部分って大きいように思います。

“この人が言うのなら、それがいいのかな”と。

“この人が言うのなら、それもいいのかな”と

データがあれば、
人以外の何かが正しい答えを提示してくれる。

それは分かっているんだけど。

そういう心理が働いてしまうことも。

“何がいいか”を
論理的に、統計的に
正しいことを導き出すことも大事。

使いこなすことも、
使いこなせることも大事。

一方で、

“この人が言うなら”とか
”この人だったら“という
要素も大事。

論理的にはちょっとあいまいだけど、
統計的にもデータが足りないけど。

“この人の言うことなら、
きっとそうかもな”

そう思いたい人がいます。

そう思いたいのが人だと思います。

正しさを追求することは
確認につながります。

その正しさを受け止めて、
判断する人は大勢います。

正しさだけじゃない何かは
安心につながります。

その何かを受け止めて、
判断したい人もいます。

仮に間違ったとしても、
この人と一緒に悩んだんだから。

仮に間違ったとしても、
この人と一緒に考えたんだから。

未来は、
より”正しい“モノ、コトを
提供することが大事だと思う一方、

“この人が言うのなら”という
共感・安心も大事になるように思います。

どちらを目指すのかは個人の判断ですが……。

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